真の矢

ガンダムSEED最終回、キラVSクルーゼの会話シーンについて

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ガンダムSEED クルーゼ

こんにちは、シンヤ(@shinya_shinnoya)です。

今回は、『ガンダムSEED HDリマスター』最終回での、キラVSクルーゼの会話シーンについて僕の思うことを述べたいと思います。

真理

遺伝子操作をして生まれた者を「コーディネイター」、そうではない者を「ナチュラル」とSEEDの世界では言います。

コーディネイターは、ナチュラルと比べて全てにおいて能力が高い場合が多い。(初めから何でもできるということではない)

そして、主人公キラ・ヤマトは「最高のコーディネイター」として生まれたんですよね。なので全体的に能力が高く、特にMSでの戦闘では圧倒的な強さをみせつけました。

最終回、最後の戦いにおいてナチュラルであるクルーゼはキラにこう言います。

知れば誰もが望むだろう。君のようになりたいと。君のようでありたいと!ゆえに許されない、君という存在を!

キラはこれに対して、

力だけが僕の全てじゃない!

ラウ・ル・クルーゼ

それが誰に分かる?何が分かる?分からぬさ!誰にも。

そしてクルーゼはこう言うんですよね。力だけじゃなかったとしても、それは他の者には分からないよと。

やられたからやり返す、っていうのを繰り返してくうちに大きな争いになってしまい、クルーゼはこう言う。

いくら叫ぼうがいまさら!これがさだめさ。知りながらも突き進んだ道だろう。正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず!聞かず!その果ての終局だ!

もはや止める術などない!そして滅ぶ。人は・・・、滅ぶべくしてな!

キラ「そんな、あなたの理屈!」

クルーゼ「それが人だよ」

キラ「違う!人は・・・。人はそんなものじゃない!」

と、会話が続いていき。

何が違う?なぜ違う!この憎しみの目と心と、引き金を引く指しか持たぬ者達の世界で、何を信じる?なぜ信じる?

クルーゼが言い、キラが、

それしか知らないあなたが!

それに対してクルーゼは。

クルーゼ 戦闘

知らぬさ。所詮、人は己の知る事しか知らぬ。まだ苦しみたいか。いつかは、やがていつかはと、そんな甘い毒に踊らされ、いったいどれ程の時を戦い続けてきた!

ホントその通り。人って自分が知っていることしか知らないんですよ。いや、言われてみれば当たり前のことなんですけどね。でもこのことはとても大事なことのような気がします。

戦いも終盤になり、お互いのMSはいい感じにボロボロに・・・

フリーダム 最終戦

クルーゼ「それだけの業を重ねてきたのは誰だ!君とてその1つだろうが」

キラ「それでも、守りたい世界があるんだぁーっ!」

最後の一瞬キラの攻撃を恐れ、その剣が突き刺さりクルーゼは終わった・・・。

クルーゼ ほほえむ

消え去ってしまうその時、微笑んでいるようにも見えるクルーゼ。どうしてなのだろうか。

キラは戦闘中、クルーゼの言うことに対して明確な反論ができていませんでした。

これはクルーゼの言っていることが残念ながら正しいことを言っていたからだったと僕は思います

人は自分の知る範囲でしか判断することができず、そして判断したことを正義と信じ、それ以外のことは分かろうとしない、聞かない、知らないと。その結果、人が人を滅ぼすと。

でも最後にキラは、それが事実だとしても、自分にとって守りたい世界があるんだと言い、クルーゼを倒しました。

その守りたい世界を守るための方法が、結局はクルーゼの言う引き金を引くことだったので、自分の言っていることは正しかったんだと分かりキラに対して皮肉として笑ったのか、それとも。

で、それでもキラは守りたい世界があったんだって・・・、無限ループに入っちゃうんですよね。

自分が思う守りたい世界を守るための方法も、結局はクルーゼの言っていることのひとつ。ここでのポイントは、それでも、その大きさがどうであれ自分が本当に納得できるところ、落ち着くところ、方法で守りたい世界を守るってことなのかな。

でもやっぱりあれか、守ることに固執するとそれがまた争いの原因になるな。それが良いか悪いかは別にして。あぁダメだ、また無限ループだ・・・。

クルーゼの言ったことは正しい。人の真理とも言えるような気がする。だからと言って認めて、はいそうですではなく、自分で物事を実際に見て聞いて知って、そうしたうえで判断して、自分のできることをしていくことが大切なんだろうか・・・。

ラウ・ル・クルーゼ

クローンとして生まれたために寿命が短く、そのせいで自分の元になるクローンを頼んだ人にも捨てられてしまい、そう思わざるを得なかった。

でもどこかで、そう思うことしかできない自分を誰かに止めてほしかったというか、倒してほしかったというのもあったんかな。

それで最後にキラに倒され、やっと解放される的なのもあって嬉しさから笑いがでたのだろうか。でもそれだとフレイと同じパターンになっちゃうからあれか。

FF7のセフィロスと似たような境遇ですね、こう思うと。

ただクルーゼの凄かったところは、自分が思うことを自然と現実にするために(自分が生きているうちに)メチャクチャ努力をしたところ。(と勝手に僕は思っている)

まずクルーゼはナチュラルでありながら、基本能力が高いコーディネイターの軍に入り、そこでトップの成績を収めました。

MSの操縦に関しても、ナチュラルでは操作をすることが難しいコーディネイター用のOSだったのに、クルーゼは他のコーディネイターよりも上手くMSを操縦することができていました。

最終決戦で乗ったプロヴィデンスなんて、もちろんコーディネイターが操縦することを前提になっていたはずだし、遠隔操作をして攻撃するドラグーンシステムも実際に使うのは初めてだったにも関わらず見事に使いこなしていたし。

人間関係含む立ち回りも上手く、頭も良い。

実際にどれだけの努力をしたのかは作中では描かれていないのではっきりしたことは分かりませんが、相当な努力をしたんだと思います。

ただ「最高のコーディネイター」として生まれたキラのように、クルーゼも「最高のナチュラル※」として物凄い勢いで能力が開花していっただけで、本人は努力をしたなんて思ってなかったかもしれません。

そう考えると、育てられ方や環境によってはキラがクルーゼのようになっていたり、その逆のクルーゼがキラのようになっていた可能性もあったのかな、なんて思うと自分のなかでのSEEDの妄想世界が膨らみますね。

※クローンの元になった人間が、天才であったため。なのでクルーゼはある意味スーパーナチュラルだったのかもしれない。

戦闘シーンも見ていて熱い

プロヴィデンス ドラグーン一斉射撃

考えさせられる最終回の会話シーンですが、その最中の戦闘も見逃せませんよ。

クルーゼが操縦するプロヴィデンスの全包囲攻撃が半端ない。プロヴィデンス操縦しながら、ドラグーン11基43門のビーム砲を無線で操作してるとか凄すぎです。

例えるなら、自転車に乗りながら11台のラジコンを操作してる感じ?

フリーダム ドラグーン回避

そしてその全包囲攻撃を何事もなかったかのように次々と回避していくキラのフリーダムもカッコいい!

最終回にふさわしいラストバトル、見ていて面白い!

クルーゼ視点で

こうして最終回での会話シーンを振り返って考えてみると、クルーゼ視点でのSEEDも見てみたいなあって思う。

特に幼少時代からSEEDの第1話が始まるまでの内容を、もちろんクルーゼを主人公にしてアニメにしてくれたら、僕としてはもう最高!なんですけどね。

どういう流れでクルーゼがああいう感じになっていったのかアニメで見れたら面白いだろうなあ。

それでは今回はこのへんで。最終回でのキラVSクルーゼの会話シーンについて思うこと、でした。

画像引用:ガンダムSEED HDリマスター

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